関西・大阪21世紀協会

造船所跡地の広大な敷地を遊びたおす演劇的挑戦 ~「労働とスポーツの歴史と記憶」をどう可視化できるか?~

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支援総額
340,000
61%
目標金額 550,000
サポーター
30
終了しました
2026年02月28日 12時06分 まで
私たちkondabaは劇場ではない場所を会場にし、その場所の特徴を生かすことを大事にしながら演劇創作をしています。市場跡地のコンクリ―ト建築、木工所跡地の古い木の匂いや独特の間取りなどを作品に取り込みながら「ここでしか出来ない演劇」を創ってきました。  今回取り組む会場「Creative Center OSAKA(名村造船所大阪工場跡地)」は数々の船がこの場所で設計されてきた跡が残る、近代化産業遺産に指定されている場所です。南北約60mという広大なスペースも魅力的な特徴です。ここでしか出来ないことって何だろう?  それを探求する中で、かつて港と港を繋ぐ沢山の船が造られたこの場所で「近現代の労働とスポーツの歴史と記憶」を掘り起こす作品を創りたいと考えるようになりました。この広大なスペースを最大限使い、観客に「歴史と記憶」を体感してほしい。  「ここでしか観られない演劇」を創るために、ご協力をお願いいたします。
2026-03-11 16:06
2026年1月岐阜県下呂リサーチ
現在、公演会場である大阪北加賀屋CCO(名村造船所跡地)に現場入りしてクリエイション真っ最中ですが、あえて戻って下呂リサーチについて振り返ります。

1月の下旬に石原と金子、出演してくれる井上氏の3名で金子の地元である下呂へリサーチ旅に行く。大阪から下呂までは車でおよそ5時間。名阪道路をつっきり、名古屋から国道41号線に入る。都市の風景が遠ざかって、飛騨川(益田川)のグネグネと並走しながら狭くなっていく山と山の間を進む。ポツポツとある民家、植林された杉山、ダム。

車に乗りながら追体験を行う。夏の金子母へのインタビューで聞いた話だ。
下呂出身の父とのお見合いの後、名古屋生まれ名古屋育ちのいわばシティガールの母は田舎暮らしへの不安から祖母と連れ立って、これから住むことになる下呂の町と家を見に行ったのだという。国道41号線を車で走り、寂しくなっていく車の外の風景を見ながらどんどん言葉を失くしていった。そして父の家を見て、来たことは告げず名古屋へと引き返し、途中で鮎を食べ元気を出して帰ったという。
父の家は建設業で、国道41号線を一部敷設工事した。その道を通ってお見合いの話が名古屋まで伝わり、母は結婚をしてわたしが生まれた。ちなみに父方の祖父と祖母は、目と鼻の先のような家同士で結婚をしたという。そういった結婚は当然現在でもあるだろうが、川向こうの地域にすらほとんど行かなかったような時代があった。交通網の発達、近代化によって自分も生まれたのだと思う。
それを石原さんと追体験する。母へのインタビューも石原さんと共に聞いたし、石原母へのインタビューにはわたしも同席した。これは一体なんなんだろうと思う。追体験、共有、再現、記録。演劇においてそれらは「身体がある」ということが強く意識されるはずだとは思うが、どうなるだろうか。

ご夫婦に小太郎伝説の紙芝居を読んでもらう。

14時頃下呂着し、下呂市小坂町で毎年夏に開催される小太郎祭りについて、北條さんご夫婦にお話を聞く。
小坂より少し下流の村で、火事で焼けてしまった仁王像があった。その扱いに困った村人が、「魂があるならば川をさかのぼってみろ、ただの木材ならば川下へ流れていくだろう」と仁王像を川に落としてしまう。川下へ流れていくとばかり思った村人をよそに仁王像は川を上り、小坂に暮らす小太郎に力を授け川から引き上げられ、町の寺に祀られた。その民話の流れを「再現」させたのが小太郎祭りである。
「奇祭」、「火祭り」とうたう小太郎祭りには去年の夏、石原金子も参加させてもらい大いに神輿を担いだ。ただ火祭りの火はなかったと思うし奇祭感は薄く、神輿は担いだが民話の物語についてあまり感じられない。はて?と思い小坂の同級生に聞くと、コロナ禍前くらいまでは火もあり、さらに小太郎祭りは50年前に作られた祭りだという。それならば祭りを作った人がまだいらっしゃるだろう、その人達のお話を聞きたいとお願いしたのが、北條さんである。

インテリアのお仕事をされてきた北條さんの素敵な家にお邪魔する。リビングは広く、人が集まりやすいように家もデザインしたのだという。
50年前の1970年代、材木の町として栄えた小坂にも徐々に衰退を感じ始め、町おこしとして北條さんをはじめとした青年商工会のメンバーによって小太郎祭りは作られた。聞いて驚いたのはそのスケール感である。ざっくり言えば小坂川と益田川の合流地点に10メートルもの櫓を立て、そこに向かって両岸から火矢を射る(その距離が半端じゃない!)、神輿で町を練り歩いた御神体が橋から川に落とされる、それを八神将と呼ばれる男たちが川に入って引き上げる、櫓の火が燃え落ちそうな時に花火が上がる・・。やりまくりである。奥さまのたみえさんに当時の感想を伺うと、小坂にこんな祭りができたんやなあと思って嬉しくなったとおっしゃっていた。
小坂川と益田川の合流地点の町、川を遡った神の伝説、それを祭りとして町の中に再現する。町のカタチ。
今は色々な理由で、火矢も櫓も御神体落としも行われていない。

ご自宅から櫓が立った中洲を見る

2日目は川狩りのことを聞きに、郷土史家の福井重治さんを伺う。金子の同級生のお父様で、学校の先生でもあった桂川幾郎先生に繋いでもらいお話を聞く機会をいただいた。
同行してもらう幾郎先生の車で飛騨高山の手前の町、久々野へ向かう。実はこの日は大雪の予報。昼はまだそんなだったが福井さんに色々と川狩りのことを聞き、帰るころには本降りになり見る見るうちにどんどん積もる。ワイパーを振っても車の視界がほぼゼロになる。幾郎先生も仰っていたがこんなに降るのは何十年ぶりかだという。すごいとき来たな。なんとかして泊まる民宿まで帰れた。

一夜明けて3日目、窓の外を見ると山の斜面が真っ白になっていて見事な雪景色である。民宿のおばさんも(ちなみにこの民宿赤かぶは同級生の実家である)これはすごいと言っていた。なかなか見れない地元の風景に、たまたまリサーチで帰ったときに出会う。

民宿赤かぶ前にて

朝、地元の打ちっぱなしに出向いてもらって父親にゴルフを教えてもらう。人生初のゴルフはかっ飛ばせなかったが、雪景色に向かって打つのは気持ちがいい。
私たちは演劇ばかりやってきて、就職をしたことがない。父親は大学を出て就職をして、当然のようにゴルフを始めたという。石原さんのおじいさんは仕事の傍らゴルフにどハマりし、家の会社を潰して自らゴルフセンターを建ててしまった。かつてあった工場や仕事の痕跡を目の前から消して、まっさらなゴルフセンターがある。そこでかっ飛ばす。

人生初のゴルフをする石原さん

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