「命の広がり、笑顔が広がる社会づくり~CyanalHouseキャナルハウス~」
CyanalHouseキャナルハウスでは「命の広がり、笑顔が広がる社会づくり」をテーマに、国内外の人道支援活動や、特に子どもたちが将来の夢へ羽ばたけるよる「次世代チェンジメーカー育成事業」や、信頼の連鎖(ソーシャルキャピタル)で支え合う地域づくり、また自然環境に配慮した持続可能な社会づくりを目指して活動を続けています。
Cyanal House(キャナルハウス) - いのちのつながり、笑顔があふれる社会つくり

活動の背景
代表を務めます森田佳奈子は、一昨年に金沢大学で開かれた母性衛生学会で基調講演の機会をいただき、その足で能登半島を旅しました。そこで、奥能登の方々と交流し連絡を取らせていただいていました。
2024年1月1日16時10分に能登半島沖でM7.6の地震が起きました。同年の9月には奥能登での豪雨でさらに被害が生じ、11月にもM6.6の余震が起こるなど度重なる被災が続きました。能登の人々へ恩返しをしたいとの思いから、第一弾の支援に1歳4か月の里子を養育支援する助産師の友人家族へお米支援をさせていただきました。そして第二弾の支援に「米基金プロジェクト」としてとして①子ども食堂へのお米支援活動②松波仮設住宅の方々とおむすび🍙プロジェクトの活動を実施しました。
能登の統計表 数字で表す
能登半島地震から1年が経ちましたが、いまだ石川県全体では地震と豪雨被害も含め6882戸世帯が仮設住宅で余儀なく暮らされています。今回は、被害がひどい珠洲市を拠点に、輪島市や能登町などを訪問しましたが、家屋の倒壊への公費解体は進んでおらず、珠洲市48%、能登町36.1%、輪島市25.1%と、町のあらゆるところで倒壊した家屋と生活感が残る家財道具がそのまま残されていました。また道路脇には積み重なる瓦礫や、傾いた電信柱など地震直後からの被害の足跡がいまだ残されたままでした。時間の経過と共に、能登半島地震が風化しないよう関係人口を増やし、継続した支援活動をしていきたいと思っています。 ここ数年、ウクライナ紛争や国際情勢の不安定な状況から、日本では円安や急激な物価高騰などが続いています。これらの影響は脆弱な人々、特に被災地の人びとの暮らしへしわ寄せがいっています。能登半島地震から1年が経ち、これからさらに支援が減り風化していく今だからこそ、関係人口を増やし支援が滞らないように努力を重ねて参りたいと思います。



活動の実績
CyanalHouseキャナルハウス能登半島支援では以下の活動を展開してきました。2024年9月の豪雨被害への支援に、第一弾お米支援を行いました。
2024年12月には、新潟の米農家からのコシヒカリが350kg支援され【米基金プロジェクト】として①「珠洲市、輪島市、能登町の子ども食堂への米支援プロジェクト」を実施しました。
年末のクリスマスを前に、輪島市社会福祉協議会を通じて「輪島子ども食堂」に通う40名の子どもたちへお米をお配りました。子どもを見守るおばあさまは、「これでやっと年が越せる」と大変喜ばれていたそうです。


①「珠洲市、輪島市、能登町の子ども食堂への米支援プロジェクト」支援先の能登町宇出津キッズ見守りハウス」では子ども食堂が開かれました。この日は、コシヒカリを使用したハヤシライスにはお惣菜が添えられ、子どもも大人も「とても美味しい!」「さすが新潟のお米!」と美味しそうに食べていたそうです。


②「能登町松浪公民館でのおむすび🍙プロジェクト」では、12月22日(日)AM10~PM16:00に松波公民館の調理室と和室をお借りし、松波仮説住宅で暮らす独居の高齢者の方々をお招きし、各自が好きな具材でおむすび🍙を握り豚汁を作り、参加者全員でお昼ごはんを囲みました。
第一仮設住宅に住むAさん(仮名)は、「普段、なかなか言えない思いを、今日は話せました。」「4畳半ほどの仮設住宅は狭く、特にキッチンは狭くてお料理ができず、みなさんどうしているのか知りたかったです」「仮設住宅は狭くて自由に歩くことができず、足腰が痛くて体重も増えました。」などのコメントが寄せられました。




2025年1月には、お米支援をしている能登町宇出津キッズ見守りハウスで子ども食堂が開かれカタリストサポーターの絵本作家おすいちさんによる【子どもお絵描きプロジェクト】が開催されました。


代表者メッセージ
Cyanal House(きゃなるはうす)代表を務めます森田佳奈子です。私は幼少期にフィリピンのストリートチルドレンと生活したことから人道支援活動をはじめました。これまで、ドミニカ共和国、ハイチ、チリ、ボリビア、ケニア、赤道ギニア、フィリピンなど様々な開発途上国の現場で活動してきました。
また私の祖父母は、阪神淡路大震災の被災者で2年間を仮設住宅で生活をしていました。そのことから私のキャリアの第一歩は、神戸市長田区で保健教諭として「心のケアの専門家」として従事しました。2011年3月11日の東日本大震災では初期の緊急医療支援活動で宮城県南三陸町で活動しました。今回はその時に共に活動した戦友が、能登半島地震の災害支援チームで活動していて協力により現地での活動がスムーズに遂行しています。
「いのちを広がり笑顔が広がる社会づくり」をテーマに、国内外の緊急救援や中長期の開発協力など様々な国と地域で活動を続けていました。中でも、「Cyanal Houseきゃなるはうす」ではソーシャルキャピタル(信頼できる関係性による向上効果)による支援活動を得意としています。今回は、「おむすび🍙結びプロジェクト」として、能登半島地震での被災者と支援者を結び、また自然循環と人を結びながら、能登半島の復興支援を進め、次世代を生きる子どもたちがたくましく元気に育ってほしいという強い思いを込めて活動を続けて参ります。

共同執筆【「いのちを守る」東日本大震災・南三陸町における医療の記憶】では、宮城県南三陸町での緊急救援活動を執筆しました。

この活動をシェアする。広める。またカタリストサポーターとして一緒に活動する。寄付をするなど様々な支援の形があります。皆さまと思いをひとつに活動に取り組んでいきたいと思っています。皆さまからのご支援・ご協力のほどどうぞよろしくお願い致します。
寄付金の使い道について
皆さまからいただきました寄付金は、団体運営費を除き全てを能登半島地震の被災地への支援事業に使用させていただます。毎年、年度末に決算を行い、ご支援いただきました支援さま、寄付者さまへ収支報告を合わせました活動報告書をお送りしています。
また活動の進捗は、随時ホームページやクラウドファンディングサイトで近況報告を更新しています。みなさまからの温かなご支援・ご協力の程どうぞよろしくお願い致します。
「いのちの広がり、笑顔が広がる社会づくり」Cyanal Houseキャナルハウス
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