「じっとしていられませんでした」
「やってみたい」と思った、「そのときに」体験できないということ
こどもの体験を、保護者だけで支えることがしんどい家庭があります。
私自身が、しんどそうな大人に気をつかって、いろんなことを諦めてきました。
そのうちに諦めていることにすら、自分で気づかなくなって、『いつ死んでもいいや』って考えるようになりました。
「やりたいことは何?」「あきらめないで」。こんな声かけ自体が、きつくてきつくて、誰にも会いたくなくなっていきました。
転機は、演劇でした
中学生のときに万年人手不足の演劇部で、戦争で生き残ったおばあちゃんの役で舞台に立ちました。『ごめんね、わたしだけ生き残って、ごめんね…』、これが台詞でした。
この台詞をしゃべった時の感覚を今でも覚えています。『ごめんね、生まれてきて、迷惑かけて、ごめんね』配役の台詞に、私の気持ちがそのままのって、口から出ていました。
後日、人づてに評価を聞きました。「演劇部って、すごいね…」
「わたし」が「わたしのまま」でいて、好評価される経験
振り返ると、この経験が私にとっての転機でした。
「芸は人なり」とよく言われます。良くも悪くも自分からしか表現できないんですよね。
わたしでも、ひとに喜んでもらえるようなことができるんだ。舞台劇表現にのめりこんでいきました。
わたしの家庭で起こっていたこと、「過去」じゃない。
そして「どんなこどもにも劇を!文化を!」というスローガンを掲げる劇列車に合流。
活動を続けるうちに、ハッと気づいたことがあります。それは、「劇をみたいこども」の側に「保護者」が存在することです。保護者が置かれている現実が、こどもに劇を見せてあげられる状況とは限らない姿を、たくさん、たくさん、見つけてきました。わたしの家庭で起こっていたことは、わたしだけの「過去」ではないんだと。
「劇をみたいこども」と「みせてあげられない保護者の現実」
「劇をみたいこども」がいるのに、「こどもに劇を見せてあげられない保護者の現実」がある。「どんなこどもにも劇を届ける」と宣言している私たちが、「劇をみたいこどもに届けられない事実」に気づいたら、じっとしていられませんでした。2009年にNPO法人化し、なんとかしたい想いで解決のための様々な活動に取り組んできました。
2022年12月、「体験格差」の全国調査結果が、テレビ・新聞・ラジオで報道されました。何度も目にしてきた『「劇をみたいこども」と「見せてあげられない保護者の現実」』は、『そうか!こどもの「体験格差」だ!』と、この報道に触れて思いました。
こどもの体験を、社会で支える
家庭で体験を支えるのがしんどいなら、“みんな”で支えたらいいんじゃないかな?
それが、255人の輪をつくるニココプロジェクト立ち上げの想いです。
福岡・久留米で生まれた、人形劇アート体験をめぐるちいさな試み。
だけど、つながっていく255人ひとりひとりの想いは、決してちいさくありません。
上演チームゼネラルクリエイター
やながなおこ
【クラウドファンディング実施中】
・プロジェクト名:人形劇のちからを親子の希望へ~255人でつくる255日のプロジェクト
・期間:2026年2月4日(水)~3月31日(火)
・目標金額:100万円
・クラウドファンディングページはこちら👉https://congrant.com/project/dramatrain/20596

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