ドナーウォールプロジェクトに参加して、新しい丸木美術館を共に創ろう

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2022年12月31日 00:00から

原爆の図丸木美術館は、老朽化した現在の建物を建て直す計画を行っています。新しい美術館建設には沢山の方からの応援とご協力が必要です。支援者の名前がアート作品の一部になる、このドナーウォールプロジェクトにぜひご参加ください。

※第一期 2021年7月20日〜12月31日
こちらの特設サイト上は112名の方からのご支援ありがとうございました!
※第二期 2022年1月1日〜6月30日
ご支援者が139名に増えました!

※第三期 2022年7月1日〜12月31日
も引き続き応援のほどよろしくお願いいたします。

  • 若いころ見た「原爆の図」です。時を経過して、美術館の維持管理にはご苦労が多い事と思います。「原爆の図保存基金」立ち上げによって、「ここに来れば原爆の図が見られる場所」として、更に新しい年月を繋いで行くのですね。新館建設など、みんなで造る「丸木美術館」嬉しいです。

  • 大野恭子

    沖縄の佐喜眞美術館の丸木夫妻の沖縄戦の絵にも大変心打たれ衝撃でした。 絵の力を戴いて、平和を希求する気持ちがさらに強くなりました。 是非、今こそ新美術館を!!

  • 数納

    応援しています! いつか、丸木美術館を訪れたいと思っておりました。 原爆の図の第一作「幽霊」が愛知県立芸術大学で修復が行われている事を知っていますが、すべての作品が修復、維持されることを願っております。そのため、これからも基金への支援を続けてまいります。 近いうちに丸木美術館に行き、原爆の図を直接拝見いたします。 今の人々と、後世の人々にこの作品を残すため、ご尽力されている関係者の皆さまに心からの敬意とお礼を申し上げます。

  • 秋元 隆子

    応援しています! ピカソのゲルニカに匹敵すると思います。 原爆の絵は、国宝にして保存すべきです。 それまで少しでもお手伝いとして寄付させていただきます。

  • Nickさん

    応援しています!ワープドライブ企画展はとても良かった。良い企画展で寄付を加速しよう!

  • 山岡秀樹

    私の母、祖父母家族は昭和20年当時広島の郊外に住んでおりました。母の姉にあたる長女は当時女学生で広島市内に通学しておりました。 8月6日の後祖父は娘を探しに40日間毎日市内を歩き回りました。しかし消息は結局わからなっかったそうです。 昨日と変わらない日常が一瞬でなくなる。そんな悲劇がどういうものであったか未来に語り続けていってもらいたいと心から思います。 2022年8月丸木美術館様を初めて訪れ、その取り組みを支援したいとおもいました。

  • 月光

    母が広島の被服廠にて23歳の時被爆しました。原爆投下は許せません。丸木美術館がずっとずっとその想いを後世の人々に伝え続けて下さいますよう、寄付をさせていただきます。ありがとうございます。

  • カンレキオババ

    決して忘れてはならない事があります。核の脅威が現実的になってきた信じられないしありえない昨今、被爆国の日本はもっと積極的にやるべき事があるのでは?それが人類に対する責任だと思うのです。できるだけ多くの方にこの絵を見て考えて頂けますように!

  • S.R.

    目標達成は難しそうですが、微力ながら貢献できたらと思います。丸木美術館が末永く続きますように。

  • 北村司 由紀

    戦争を知らない未来の子どもたちに、原爆の悲惨さ、愚かさを伝えていくためにも、丸木美術館の存在は大切だと思い、心ばかりですが、応援しております。

  • studioponte

    日本に数ある美術館の中でも最も大切な美術館の一つだと考えています。 末永く後世に残していきたいですね。 戦争の記憶を消した時に、また戦争をするのではないかと本気で心配しています。 そうならないために頑張りましょう!

  • 直江 智子

    多くの人たちが能動的に関わって未来に継承していくーーそんな新たなミュージアムの在り方を示してくれるのが「原爆の図 丸木美術館」だと思います。人々の想いがつなぐ美術館で今後どんな作品と出会えるのか、とても楽しみにしています。

  • 核兵器の使用が簡単に仄めかされ、平和憲法を無力と嗤う。爆弾で、戦車で、人が殺される。悪夢のような現実に、打ちのめされます。 原爆の図を守り、伝えていくのは、本当に大切な事です。

  • 杉田明宏

    次世代に向けた丸木美術館の新たなページが開かれることを願っています。

  • Beny, Nozomi

    丸木美術館は、自分を見つめ直す時間、平和とは何かを考える時間をくれる場所です。 自分たちの今につながる歴史と向き合い、これからも学び続けていきたいです。 同じ過ちや後悔を二度と繰り返さないように。 Kita bisa belajar dari sejarah dan berpikir untuk membuat perdamaian di dunia. Semoga generasi berikutnya juga bisa belajar disini. Ayo belajar bersama. Rahayu.

  • 賀登環

    広島市で育ちました。大学に行く道は平和公園を通っていくこともありました。川のほとりの緑地には高等女学校、韓国の方々の犠牲者の碑がたくさんありました。こんなに多くの人々が地獄に遭ったのかと驚きました。結婚して埼玉にきて丸木美術館で、その地獄絵に出会ったとき、改めて戦争・原爆のむごたらしさを思いました。怖い絵ですが、残さねばなりません。

寄付募集元

原爆の図丸木美術館

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