14歳のナギサさん。
お父さんに暴力をふるわれたことをきっかけに、自分で110番通報。
児童相談所へ一時保護されました。その間に、お母さんとお父さんは離婚し、お母さんはナギサさんと一緒に暮らすために新しいアパートを借りました。ナギサさんの戻った家は、ナギサさんの知っている、住み慣れた自宅ではなかったのです。
ナギサさんは、「あのとき私が通報しなければ、家族はバラバラにならなかったのに」と自分を責めました。お母さんとの会話も少なくなり、環境が変わって学校にも行けなくなってしまったナギサさんは、ひとり部屋にこもって、ゲームやインターネットをして一日を過ごすようになりました。インターネット上では大人の男性がすごく優しくしてくれて、こんなに自分の気持ちを分かってくれる人がいるんだ、ととても心が休まりました。男性から「会いたい」と言われ、ナギサさんも会ってみたいと思うようになりました。
しかし、ナギサさんには不安な気持ちもありました。
そんなとき、お母さんが『みちくさハウス』の情報を持って帰ってきました。「辛さから少し離れてひとやすみできる」「同じような経験をした人がいる」その言葉に惹かれて、一度お母さんと行ってみることにしました。
いいみちくさができると、人はもっと豊かになれる
みちくさハウスは、普通のおうちでした。
好きなことができて、ボーっとしていてもよくて、自分の家のように、ナギサさんはくつろぐことができました。
みちくさハウスには、スタッフの人も、来ている人も、これまでにいろんなことを体験して、この場所にきていました。
『いつでも充電しにおいでね。心も、携帯も(笑)』そんな風に言ってくれるウィーズの人たちに、ナギサさんはもナギサさんのお母さんも自分の居場所を見つけたと感じることができました。
子どもにとって「お母さん」「お父さん」は
変わらないルーツだから
なんどか「みちくさ」をしに行く中で、ナギサさんはウィーズのスタッフにお父さんのことを話しました。最後にお父さんの姿を目にしたのは、一時保護をされた「あの日」です。
お父さんがあの後どうなってしまったのか、お父さんがどうして暴力をふるってしまったのか、そういったことを知りたいとナギサさんは感じていました。お父さんが暴力をふるったことは怖かったし、暴力はいけないことだと思っていますが、それでもお父さんの存在を否定することは、自分を否定することのように感じてしまっていたのです。
ナギサさんはウィーズのスタッフと、お母さんと相談をしました。
お父さんが前の家に一人で暮らしていることだけはわかっていました。ウィーズのスタッフからお手紙を出して、親子交流についてどう考えているか、お父さんからの連絡を待つことにしました。みちくさハウスで過ごしたり、ナギサさんもお母さんもスタッフとLINEでそれぞれやりとりをしたりしながら日々の不安や悩みに対処しながら自分の気持ちと向き合って、自分を大事にすることに取り組みました。
親もかつての子どもとしての傷に日々向き合っている
お父さんから、ウィーズ宛に2週間後に手紙が届きました。
「ナギサさんに会いたいと思っていること」
「現在プログラムを受けながら、暴力以外の表現の方法を学んでいること」
「ナギサさんやお母さんに謝罪がしたいこと」
が書かれていました。また、ナギサさんのお父さんは、子どもの頃に自分も暴言や暴力を受けて育ち、その時の悲しみや寂しさを今になって自覚し始めたこと、同じ思いをナギサさんに抱かせてしまって後悔をしているという思いも綴られていました。
ナギサさんはウィーズのスタッフから、お父さんの暴力はいけないこと、そして、ナギサさんが悪いのでは決してないこと、お父さんが“お父さんをする”ことが難しい理由があったことを伝えられました。
ナギサさんは過去の歴史が塗り替えられたような気持ちでした。自分やお父さんが悪い人間であると感じ、自分自身の生きる意味や希望を見失っていたからです。
「これでいいんだ」と思えた日
その後、ナギサさんはウィーズの親子交流支援を受けて、スタッフの付き添いの元、お父さんに会うことになりました。少し不安でしたが、みちくさハウスでいつも過ごしているスタッフも一緒だったのでドキドキしながらもむかうことができました。
久しぶりに会うお父さんは少し小さく、そして穏やかな顔つきになったような気がしました。お父さんはナギサさんを見つけると、大きくなったなといって涙を浮かべ、ナギサさんに心からの謝罪をしました。ナギサさんは、お父さんの謝罪を受け入れました。
その後も、みちくさハウスやLINEでのスタッフとのやりとりをヨリドコロにしながら、親子交流支援を受けて、親子の回復の時間を持ちました。しばらくそういった時間を重ねたのちに、お母さんを含めた親子での自由な交流ができるようになりました。おうちが安心できる空間になり、学校にも行けるようになりました。
そして今年の春、ナギサさんは高校受験に合格しました。今、ナギサさんは毎日を楽しく過ごしています。選んだ高校は、自分が本当に行きたいと思える学校でした。
前にお父さんとお母さんと3人で住んでいたところからは通えなかったので、「いろいろあったけど、これでよかったのかも」と思いました。
思い返せば、笑い合えるウィーズのスタッフとの出逢いも、みちくさハウスを知れたのも、お父さんが穏やかになったのも、いろんなことがあったから。本当は経験しない方がよかったのかもしれないけれど、それでもすべてのことにプラスの意味を感じられる心も持ち合わせ、ナギサさんは自分の足で自分の道を歩み始めたのです。
ひとりひとりが価値ある自分を信じられる社会へ
ナギサさんのケースは3年ほどの支援をおこないました。一場面、一場面でナギサさんにとっての最善を考えながら、ウィーズの持っている支援を組み合わせてともに歩みました。
すべてのケースが、ひとつとして同じ背景ではありません。
私たちは丁寧に、目の前の子どもたちに向き合い続けたいと思っています。当然、人手も時間も必要です。用意しなければいけないものもたくさんあります。しかし、私たちは受益者負担をできる限りなくし、ボランティアやご寄付の力で運営をしてきました。それは『子どもたちが多くの人の愛情や応援を受けて育つ』中で、健全な自立に向かいやすくなると信じているからです。
ボランティアで子どもたちに関わる人たちは、時間や労力を分けてくださいます。
ご寄付をくださる方たちは、日頃のご自身の努力の成果を分けてくださいます。
みんな、子どもたちがありのままでいられることを喜び、力になりたいと思っています。しんどさを感じる子どもたちが、そこまでに失ってきたものは大きいです。しかし、こんなにもあなたのことを思う人たちが社会にはまだまだいるんだよということを伝えたくて、あえてご寄付に頼らせてもらっています。
残念ながらこの国は、年間500人以上の子どもが自ら命を落とす社会になってしまいました。
中学校のほとんどの保健室の先生に、自傷をする子どもの対応経験があります。
子どもたちによる殺傷事件は2万件以上起きています。
伴走できる子どもたちの数を増やしていきたいです。そして最後には、私たちのような活動が必要なくなるようにしていきたいです。どうか今は、みなさんの力を貸していただけないでしょうか。
「できるひとが、できることを、できるだけ。」
一緒に子どもたちの笑顔溢れる未来をつくっていきましょう。
NPO法人ウィーズ理事長 光本 歩