
ご支援をいただきありがとうございます。事務局長の新石です。
8月13日に被災地の支援活動をおこないました。子どもたちのストレスケアとしておもちゃと遊びを届けました。
場所はネピドー管区ピャマナ郡のセッヨン寺子屋学校です。ちなみにピャマナ郡はBAJが震災直後に緊急物資配布を実施した地域でもあります。
今回は、この地域で活動を進めているユニセフの方のご協力が得られ、パートナー団体という立場で実現することができました(BAJ現地職員の人脈と人徳に感謝!)。私たちだけでやろうとすると、許可手続きに時間がかかり、スムーズな実施は難しかったと思います。
被災地の親子が少しでもあかるい気持ちになってくれたらと思い、いろいろなプログラムをおこまいましたが、実施後に届いた現地からのレポートで、子どもたちの背景を知って、おどろきました。
子どもたちは親元から離れてこの僧院に預けられた「国内避難民」で、集まっていた大人たちは地元のボランティアでした。僧侶いわく、カヤー、カレン、カチンなど、さまざまな場所から集まってきた子どもたちとのこと。
しかし、安全を求めて辿り着いたこの地で、今度は巨大地震が発生しました。僧院の建物も大きな被害を受けました。子どもたちは、いわゆる多重避難者でした。

被災地の支援のはずが、間接的に国内避難民の子どもたちの活動につながっていました。
前にどこかで書きましたが、人道危機の本質は「支援があきらかに必要にも関わらず、支援が届かない」状態をいいます。ミャンマーの国内避難民はまさにその典型例です。
内戦による分断の影響で、表立って「国内避難民への支援」を掲げた活動はほぼ不可能に近い現実があります。多くの団体は、それでもなんとか支援を届けるために奮闘しています。
我々も「国内避難民の支援」については正直どうしたらよいか分からない、という状態でした。いまも基本的にはそうです。
しかし今回、偶然にも被災地の支援が国内避難民(の子どもたち)の支援につながりました。
こうした「通常の支援活動がいつのまにか国内避難民や紛争被害者の支援につながってしまう」状況が、ここ最近のミャンマーの現実をよく映しています。
私たちが中央乾燥地域で進める水供給事業も、そうした傾向が出てきています(次の機会に報告できればと思います)。
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プログラムに参加してくれた子どもたちの声を一部紹介します。
「BAJのみなさん、一緒に遊んでくれて本当にありがとう」
「今日のことは決して忘れません。そして、みなさんのことをいつまでも覚えています」
「BAJ! 今日はとても幸せです! いつもこうして遊びたいです」
「とてもたのしかった。毎日遊びたいです。BAJメンバーの健康と長寿を祈っています」
「とても良い一日でした」
「とても爽やかで幸せな気分」
「昨日よりも今日は楽しく遊べた。日本のおもちゃを持ってきてくれて、プレゼントのおもちゃもくれて本当に嬉しいです」
「今日みんなが幸せそうで、とても嬉しいです」
「とてもワクワクしています。今日の寄付に感謝します。皆さんの健康と豊かさを祈っています。」
「ここに住めて本当に幸せです。もし皆さんがここに住みたいなら、ぜひ私たちと一緒に住んでください」
「故郷の村がとても恋しいです。母を愛しています」
「BAJチームが大好きです。皆さんの今後のさらなる発展を祈っています」

寺子屋学校の先生のことばです。
「子どもたちは親の愛情を必要としています。ここでは、僧侶や教師、そして食事や健康管理をしてくれる年配の事務職員やボランティアの方々だけが、愛情を与えてくれます。しかし、それだけでは十分ではありません。子どもたちにとって、今日のようなイベントは初めてでした。みんなで楽しくゲームをしたり、見たことがないような日本のおもちゃで遊んだり。子どもたちはとても幸せそうでした」
子どもたちのさびしさや不安が少しでも和らげられたらと思います。
これからも地震被災地でのおもちゃと遊びの活動を続けていきたいです。


