
BankARTと出逢ったのは美大を卒業してすぐのこと。作家活動していくことを決意したものの、食いぶちがないと生きていけないので2008年のBankART LifeⅡでのアルバイトをきっかけに、20代にかけて、どっぷりとお世話になった。
あるときは受付スタッフとして、またあるときはBankARTパブのスタッフとして。展覧会ごとにドロドロに疲れ果てながら施工作業もしたし、BankARTスクールでは田中信太郎さんや原口典之さん、牛島達治さん、飯沢耕太郎さんなど、あらゆる人から学ばせてもらい、あらゆることを培った。アーティストインレジデンスやハンマーヘッドスタジオでは制作活動の拠点にさせてもらい、発表もさせてもらった。
さまざまな立場で関わりながらBankARTのあらゆる面を見てきた。思うことはBankARTというチームは池田さんを筆頭につねにパワフルで挑戦的。外的要因で幾度となく拠点を移してきたけれど、それを困難と思わずに新たな発想や思考へと転換して突き進む。横浜界隈はもちろん、BankART妻有や朝鮮通信使など、地域を問わずひとつの場所に留まらず、多方面へと展開するパワーこそBankARTらしさだろう。
今回は公募から落選し、横浜の活動拠点と助成金を失うということだが、きっと池田さんなら、それもものともせず、ピンチをチャンスと捉えて次に向かって動きだすんじゃなかろうか。
池田さん亡きいまも、そのパッションはBankART自体に生き続けていると感じるし、今回もまた、その動きがだんだんと垣間見えてきた。もはや次の活動にさえ期待してしまう。
まずはクラウドファンディング1000万円到達おめでとうございます。
これからもBankARTらしい活動に期待しながらも、いちファンとして陰ながら応援しています。
阿部 静


