企業が注目するウェルビーイングとは
昨今、よく耳にする「ウェルビーイング」。企業にもウェルビーイング経営が求められている。そもそもウェルビーイングとは何なのか。
本レポートでは、まずウェルビーイングの定義を述べる。次に、なぜウェルビーイングが注目されるようになったのか、最後に、企業にとって、ウェルビーイングの皮切りの概念でもある「健康経営」が、企業に与える業績や株価の影響について、解説をしていく。
第1章 ウェルビーイングの定義
ウェルビーイング(Well-being)の言葉は、世界保健機関(WHO)による1948年発行の「世界保健機関憲章」の前文にて「健康」の定義においてはじめて登場した。
「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること(*1)」
その後、米国の心理学者M.セリグマン(Martin E. P. Seligman)によって「ウェルビーイング」状態を定める理論である、PERMA理論が展開された(M. E. P. Seligman 2012)。M.セグリマンによれば、ウェルビーイングとはPERMA状態にあることをいう(表1)。
表1 PERMA状態を構成する5つの要素
出典)M. E. P. Seligman 2012を元にコングラント株式会社が作成。
日訳は職場におけるウェルビーイングの状態を考慮した、弊社による訳。
M.セリグマンによれば、人はPERMA状態時に幸福を感じる。従業員の幸福度が高ければ生産性も高まるため、PERMA状態をつくるというウェルビーング経営は確固とした経営戦略であるといえよう。実際にはたらく幸せの実感が高い人ほど個人・組織のパフォーマンスが高いことは定量的に示されている(*2)。さらに、企業の業績にもプラスな影響を与えることを示す調査結果もある(*3)。
現状、我が国においてウェルビーイングの状態はどれほど満たされているのか。その現状を知る指標の一つとして、ここでは国連持続可能な開発ソリューションネットワークによる世界幸福度ランキングを参照する。世界幸福度ランキング2024年のレポートでは143カ国中、日本は55位である。また、先進国(*4)のなかに限ると、38カ国中33位(*5)と順位は低い。
幸福度は企業にとって、前述したように個人・組織のパフォーマンスや企業の業績にも影響を及ぼす。さらに、先進諸国のなかでも、我が国は顕著に幸福度が低く、改善の余地が大きくあるといえる。こうした余地があることは、企業にとって良い影響を与える要素が眠っているとも指摘ができる。我が国もウェルビーイングへの関心がないわけではなく、広まりをみせている時期である。次章からは、日本におけるウェルビーイングの広まりをみていく。
*1) 世界保健機関(WHO)による1948年発行の「世界保健機関憲章」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000026609.pdf)の全文。
*2) パーソル総合研究所と慶應義塾大学前野隆司研究室が共同で行った調査結果(2023「はたらく人の幸福学プロジェクト」はたらく人の幸福学プロジェクト特設サイト(https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/spe/well-being/))を参照した。
*3)注釈*2の参照と同様。
*4)OECD加盟国の38カ国。
*5) The Sustainable Development Solutions Networkの2024年のレポート「World Happiness Report 2024」(https://worldhappiness.report/)より参照。
第2章 なぜウェルビーイングは注目されるようになったのか(*6)
急速に重化学工業化が進んだ1955年以降、全国に産業公害は拡大し、とりわけ1960年代から産業公害の常態化とともに、労働者の職場環境にも注目がされるようになっていった。企業は高度経済成長下の経済成長第一主義の下、営利の追求を行った。その結果、四大公害病をはじめとした産業公害が生じ、社会問題化した。
当時、工場の周辺住民に限らず、そこで働く従業員も化学薬品による喘息発作や特異中毒、皮膚炎等による健康被害を受けた。1947年に制定された労働基準法のみではこうした労働環境の課題には対応しきれず、1972年に労働安全衛生法の成立・施行がされた。この労働安全衛生法は「職場における労働者の安全と健康を確保」するとともに「快適な職場環境を形成する」ことを目的に定められた法律であった。
1990年代後半から、労働環境改善の範囲はより大きなものとなっていく。1980年代末以降、日本はバブル景気を経験し、1991年にバブルの崩壊を迎えて以来、日本の景気は低迷しているといわれている。1990年代中盤になると「就職氷河期」時代に突入し、非正規雇用の労働者が増加した。好景気時よりも減少した正社員への負担は、その分増加したことも、長時間労働の常態化に繋がったとの指摘もある。過労死と精神障害の労災件数をみると、過労死等の件数は1988年以降、増加傾向にあり、②過労自殺を含む精神障害の件数は1995年から増加の幅が大きくなっている。
このように、安全対策からみても、対策は重機や薬の扱い等の職場環境から従業員の心身の健康に注目がされるようになった。
*6)第2章にて特に記載のない場合、社会保険労務士法人小林労務内に設置された、人事労務の専門家の立場から労働社会保険関係諸法令について論文を執筆している「千鳥ヶ淵研究室」の研究員長井千宙による「第1章第2節 労働安全衛生法成立と改定の歴史」(https://www.kobayashiroumu.jp/%3Fchidori_lab%3Dholm0102)を参照している。
第3章 健康経営は企業の業績にどのようにつながるのか
前章から述べてきたように、1980年代半ば以降、過労死と精神障害の労災件数、およびうつ病の労災認定、自殺者数に関しても増加がみられる。2000年には過労自殺の最高裁判決などにより、こうした従業員の心身の健康は社会問題として認識されるようになった。こうして2000年代以降、企業がメンタルヘルス(ウェルビーング)に取り組むようになっていく(*7)。一般的に日本では2010年代半ばから、「健康経営」という言葉が広まるようになった。
*7)公益財団法人日本生産本部、「従業員の健康と経営活動(ウェルビーイング経営①)」(https://www.jpc-net.jp/consulting/report/detail/post_12.html)より参照。